モズが鳴く秋の日に。

たいへんご無沙汰の更新になる。


相変わらず当事者疑惑は疑惑のままで、きちんとした診断も受けないままだが、ネットや関連書を読めば読むほど、事実を突きつけられるようで、心理的ダメージが大きくなった。

逆説的な話ではあるのだが、ここに書くために、幼時からの厭な場面、失敗した記憶を繰り返し探っているうちに、治ったようでまったく塞がってはいない傷を抉っているのに気づいた。人目に晒されるところに順序立てて経験を記すのは、トラウマを人に話すのと似ている。記憶を整理する準備でこんなに削れてしまうのではよろしくないので(生きる気力が根こそぎどこかに行ってしまうほどだ)、七月までは意図的にそのあたりをシャットダウンした。

続く八月は、子供の引っ越しで忙しかった。

九月。時間も確保できるようになって、そろそろあたりさわりのない雑記から書いていこうかと思っていたら、わりとびっくりすることがあった。


今週はじめに呼吸器科に検診に行ってきた母親が、レントゲン写真に影が映っていたというのだ。かなりの大きさに医師が驚いて、CT撮影予約のために総合病院にその場で連絡をしたとか。


話を聞かされたとき、驚きとともにふわっと浮かんだのは(つまりとても正直な感想として)「このひとの支配も終わるときが来るのか。ずっと続くと思ってたけど。ふーん、そうかー、ならがんばれるな」という慨嘆だった。酷いと言われるかもしれないが、そういうタイプの親だったのだ。彼女のダブルバインドと過干渉に苦しんだ期間が長すぎて、今も冷静に向かい合って対処することは難しいのだが。


ということで、ここは、しばらくは看護日記を兼ねることになりそうだ。